ニッポンジーン マテリアルでは、乾燥試薬製品を扱っています。これは液状の冷凍保管試薬と比べてハンドリングが大幅に簡素化した上、性能を維持したまま運搬性や保存性も向上した製品になります。その開発の経緯を紐解くと、ある病気の蔓延とそれに立ち向かう研究開発、そして開発途上国からの声を受けた改善という過程がありました。
今回はニッポンジーン マテリアルの乾燥試薬について、その誕生の経緯を追っていきたいと思います。
— ファイトプラズマ病ついて
ファイトプラズマとは、ごく小さな細菌の一種で、1,000種類以上の植物に感染し、黄化萎縮病や天狗巣病などを引き起こします。
病気の症状については古くから知られていましたが、ファイトプラズマが培養困難であったこともあり、その病原体については長らく分かりませんでした。しかし1967年に、当時最新の機器であった電子顕微鏡による観察によって、罹患植物に微小細菌が局在していることが、世界で初めて発見されました。
ファイトプラズマはキャッサバ、リンゴやココヤシなど、今も世界中の穀物や果樹などに被害を与え続けています。
(植物病「ファイトプラズマ」も併せてご覧ください)
— ファイトプラズマユニバーサル検出キットの開発
ファイトプラズマ病は治療が困難な伝染性病害であるため、その防除には感染植物の早期発見、処分が大切です。この病気が見つかった当初は、電子顕微鏡観察が主な診断法でした。しかしこれには高価な設備と技術、時間が必要でした。そこで様々な診断法が開発されましたが、分子生物学的手法の発展に伴い、PCR(Polymerase chain reaction)法が主流となりました。さらに2000年代になると、LAMP(Loop-mediated Isothermal Amplification)法が開発されました。これはPCR法よりも簡易で高精度であるうえ、短時間で高価な専用機器がなくても実施可能な方法です。
ファイトプラズマ病の診断にLAMP法を取り入れ、東京大学の研究グループはより簡便で高精度な方法の開発に取り組みました。その結果、40種類以上といわれるファイトプラズマを網羅的(ユニバーサル)に検出することが可能な「ファイトプラズマユニバーサル検出キット」の開発に成功し、ニッポンジーンより販売されました*1。これは遺伝子の診断キットとして一般的な、各種溶液を混合させて用いるタイプのものでした。
— パプアニューギニアにおけるファイトプラズマ病の蔓延
一方パプアニューギニアでは、ボギア地方でファイトプラズマによるココヤシの枯死が広がり、甚大な被害が出ました。2010年代に入ると、この脅威は貴重なココヤシの遺伝資源を保管している施設(ジーンバンク)の近くまで迫り、病気からの隔離が喫緊の課題でした。
そのような背景の中、パプアニューギニアの国立農業研究センター(NARI)に所属されていた研究者から連絡があり、この問題にファイトプラズマユニバーサル検出キットを使用したい旨の連絡がありました。そしてこのキットが「ココヤシ遺伝資源保全事業」に正式に採用されることが決定し、その記念式典が行われました。ニッポンジーンの代表取締役(当時)である米田が引き渡し式典に出席したのですが、現地の農業畜産省大臣にキットを手渡す様子は、現地のマスメディアに取り上げられました。
キット引渡し式典
(左:トムスコル農業畜産省大臣、右:米田)
— 課題の発見「輸送と保管」
ファイトプラズマユニバーサル検出キットは画期的なものだったのですが、いざ現地で検査を行う段階になって、課題が浮き彫りになってきました。
米田が現場に赴き、検査の様子を視察した時のことです。
(パプアニューギニアにおける検査の様子は、特集記事第三弾 植物病理学者のパプアニューギニア奮闘記にて御覧ください)
検査自体は高精度で診断することができたのですが、現地の人と話す中で、パプアニューギニアでは電力の供給が不安定であり、突発的あるいは計画的な停電があるため、試薬を冷凍状態で保管することが難しいことが分かりました。パプアニューギニアは赤道の少し南に位置する、常夏の国です。液体試薬では、温度が上がってしまうと試薬の劣化がどうしても避けられませんでした。
また、そもそも日本からパプアニューギニアに送ることができないことがわかりました。これは輸送にあたり、キットをドライアイスで冷やす必要があったからです。
当初はこちらから持ち込んだために問題にならなかったのですが、継続的に利用するには日本からの輸送が欠かせません。当時、パプアニューギニアまでドライアイス輸送を行うことができる運送会社がありませんでした。
そしてこれらのことは、パプアニューギニアだけではなく、開発途上国に共通する課題でした。
乾燥試薬の誕生
そこでニッポンジーンの子会社であるニッポンジーン マテリアルでは、これらを解決するため、試薬の乾燥化に挑戦することにしました。この挑戦は、富山県の平成28年度産学官連携推進事業【先端技術実用化支援枠】の補助を受け*2、東京大学と共同で研究が行われました。
その結果、試薬の乾燥化に成功し、「-LAMP法乾燥試薬-ファイトプラズマユニバーサル検出キット」に改良することができました。植物病におけるLAMP法の乾燥遺伝子検査キットは世界初であり、これによって常温での輸送ができるようになったのです。
また、従来は「検査液」「酵素液」「蛍光発色液」の3本に分かれていたものが、プレミックスされ1本になり、さらに、1テスト分毎に小分けしているため、操作がより簡素化し、コンタミネーションのリスクも低下しました。従来の高感度、高精度を維持したまま、運搬性、保存性、簡便性の向上を実現しています。
これによってオセアニア地域やアフリカ地域など、同じような課題がある開発途上国でもご利用いただくことが可能になりました。パプアニューギニアと同じような環境にある、隣国のソロモン諸島をはじめ、東南アジアや南米、北米、ヨーロッパ、最近は中東やアフリカからもお問い合わせをいただいております。
これらの取り組みが評価され、2019年3月に行われた第6回富山県ものづくり大賞の表彰式では、「特別賞」を受賞いたしました*3。
現在ニッポンジーン マテリアルでは、ファイトプラズマユニバーサル検出キットの他にもラインナップを充実させるべく、鋭意開発を進めております。
(お問い合わせ、ご注文に関しましては「乾燥試薬」をご覧ください)
今後の展開
毎年多くの農作物が病気によって失われています。生産者(農家)にとっては、一つの病気の拡大によって生活に大きな影響を及ぼします。今はグローバル化や、世界的な気候変動による媒介昆虫の生息エリア拡大など、様々な環境の変化が訪れ、植物病が広がりやすい状況になっています。自給率が低い日本では、これらの問題は他人事ではありません。
病気の拡散防止には、初動がとても大切であるため、簡便で迅速な検査方法が必要となります。穀物や野菜・果実を病気から守ることは、SDGsの目標2「飢餓をゼロに」にもつながってきますし、バイオエタノール生産などのエネルギー問題にも関係してきます。
ニッポンジーン マテリアルでは、乾燥試薬のラインナップを拡充させていくことで、今後もこれらの問題解決に貢献できるよう取り組んでまいります。また検査サービスにも注力し、「植物病の検査センター」を目指して病気の診断、早期発見に取り組んでまいります。
(特集記事001:金山社長に聞く!ニッポンジーンの植物病検査キットも併せてご覧ください)
*1 LAMP法は栄研化学株式会社が特許を保有しています。株式会社ニッポンジーンおよび株式会社ニッポンジーン マテリアルは、LAMP法を用いたファイトプラズマ検出キットの開発、製造、および販売を許諾されています。
*2 名称「植物病害遺伝子診断キットの長期室温保存を可能とする乾燥試薬の開発」
*3 課題名「長期室温保存を可能とする乾燥技術を用いた植物病遺伝子検査キットの開発」